2016年02月03日

「子どもの潜在力を引き出す親」はここが違う ~やる気を出させる秘訣は環境のデザイン~

※「子どもの潜在力を引き出す親」はここが違う ~やる気を出させる秘訣は環境のデザイン~(東洋経済ONLINE)より引用※


子どもには想像以上の可能性がある。その潜在能力を開花させてあげるのが親の役割だが、どうやればいいのだろうか。今回の対談では国立教育政策研究所 初等中等教育研究部 総括研究官の白水始(しろうずはじめ)氏に聞いた。

子どもを評価する軸はひとつじゃない

加藤エルテス 聡志(以下、加藤):本日は学びのあり方の現在と未来について、お伺いしたいと思います。まず、子どものポテンシャルを引き出すうえで、現在、日本で何が課題になっているのでしょうか。

白水始(以下、白水):やはり親や大人が子どもとのコミュニケーションの方法を考えていく必要があると思います。たとえば評価方法ひとつを取ってもいろいろある訳で、「これが正解だ」という押し付けは子どもを型にはめるので避けなければなりません。米国の例を紹介すると、東海岸では、個々人のレベルに合わせて評価方法もカスタマイズできたらいい、という話が進んでいます。正解はあるけどその正解にいたるペースが各々違うから生徒個人ごとにカスタマイズして、みんなに確実に100点を取らせようというのが東海岸のモデルです。

加藤:ゴールは同一のものでも、それまでに至る速度を子ども一人一人に合わせて変えていこうという考え方ですね。

白水:ええ。対照的に西海岸では、100点の正解はあったとしても、それはひとつの軸に過ぎなくて、人間はもっといろんな軸で考えられるべきだという考え方をします。今日見えた正解も明日変わっているかもしれない。違うペース、違うアプローチで学ぶ子どもたちを一緒に合わせてインタラクティブした方がいいのではないかというのが西海岸のモデルです。

加藤:西海岸のほうが知性を多面的に捉えているように見えますね。そもそも金太郎飴方式で典型的な「良い子」を育てようと思っていない印象を受けます。

白水:そうなのです。あと、最近ではテクノロジーの発展によってビッグデータを集めて学習指導に生かそうという動きもありますよね。オンラインの学習コースを提供しているカーン・アカデミーもそうです。そうした大量のデータを解析すれば、たとえば、微分・積分ができない子というのは実は二次関数でつまずいていることが多くて、二次関数ができない子はもっと手前の未知数でつまずいているというプロセスが見えてきます。「じゃあ君は未知数からやりなおそうか」という指導ができるようになる。

こういった、データ利用で効率的な改善策が打てることは確かにプラスです。しかし、この手法が進化していけば進化していくほど、学びって一本のレールが敷かれていてゴールが決まっているものだけだというスタイルの介入になる。

加藤:とすると、データによる効率化によって、まさに型にはまった子どもを効率的に輩出してしまうことに繋がりかねない、ということでしょうか。

白水:そうです。しかし、だからといってなんでもOKを出すのが個性を生かしている教育だととらえるのもまた極端です。ひとつのゴールにたどり着いたら、次の課題へのスタートが見えてくる。今知っていることから、次に知りたいことは何か、自分で次の問いを考えていく力を付けていくことで、学びのゴールは膨らみ、多様化していくと考えています。

加藤:知性が刺激されて、今までわからなかったことが新たにわかるようになる。ソクラテスの無知の知ではないですが、「わからないことがある」ということがわかったということですね。


親の心構えをどうするか

加藤:では、実際に子どもに自分で考える力を養うには、親はどうしたらいいのでしょうか。

白水:まず心構えの話からさせてください。子どもがわからないとかできないのは全然問題なくて、わからないことやできないことがある方が子どもはいっぱい学べていいんだよってことを親が理解してあげる。親の心構えが変わって安定的になってくると、勝ち負けという軸だけじゃなくて、こっちの軸で考えたら子どものいいところが見えてきたということに繋がりますから。

加藤:親が子どもを見るうえでの基準自体が最も大事ということでしょうか。能力のうえでの優劣で評価するのではなく。

白水:そうです。とはいっても、「勝ち負けがすべてではありません」「違った基準で子どもを見てあげてください」と親に説明してもなかなか心構えや考え方は簡単には変わらないというのが実際のところです。具体的な経験なんかを通じてこんなふうに子どもって評価できるんだと子どものポテンシャルに気づいて引き出せるような支援をしていけるといいですが、これがなかなか難しい。加藤さんが保護者に接する中でも、実体験があるんじゃないですか?

加藤:そうですね。親自身が子どものポテンシャルに気づく必要がある一方、それが実施には難しいことは痛感しています。私がRISUを創業した理念もここでした。教師・ミュージシャン・研究者・銀行員・プログラマーとかいろんな仕事があってそれぞれで求められる力が違うように、教育でも才能もひとつの軸だけで測るのっておかしいと思うのです。21歳まで同一軸で評価されて、突然就活する時になって個性を求められるのでは、教育が社会にでる準備に貢献できていないように思っていて。

白水:それはすばらしいですね。さらに質問したいのですが、いろいろな才能にフォーカスすることができる中で、加藤さんは算数・数学を教える事業を選択した理由ってあるんですか?


親が価値観を変えるのは大変!?

加藤:元々、小さい頃になにかしらの成功体験をもつことで、大きくなってから自分の信じる道を選ぶ力を身につけて欲しかったのです。それをどう実現するかを考えた時に、算数・数学は「親を巻き込みながら」子どもの成功体験や自信を実現するテーマとしてうってつけじゃないかなと。先ほど白水先生もおっしゃったとおり、単に「才能の多様性を認める時代になるんで、今日から価値観を変えてください」と親に言っても、なかなか変わらないじゃないですか。

白水:なるほど。算数を素材にして子どもの自信をつけるなら、より多くの親にも受け入れてもらえる、と考えたということですね。どうですか、その仮説は当たりましたか。

加藤:子どものペースで自尊心を付けることに共感してくださる親も、算数の成績に注目している親にも受け入れられている点では当たっていました。ただ、もちろんこの目論見が100%の家庭でうまく行っている訳ではなくて、RISUで算数を1年分先取りできたから、今度は国語や理科の成績をあげなきゃ、と勉強をさせてしまうケースもあるようです。折角余裕がでたのだから、子どもが好きなものに出会うきっかけを沢山与えてあげるとか、なにかに没頭できる環境を与えてあげるほうに余った時間を使って欲しいと思うのですが。親はどうあるべきでしょうか?

白水:難しい質問ですね。学校や受験のことが気になる気持ちはわかりますし。ちなみに受験しない子どもの親でも算数でどんどん進んだら国語も理科も進めたいというふうになるんですか?

加藤:すべてではないですが、受験されない家庭でも、満遍なく全科目の点数も上げたいという声が多数派だと思います。「算数以外の教科はいつ出るのですか?」といった質問もよく受けます。ただ、RISUとしてはスティーブジョブスの”connecting the dots”ではありませんが、学科以外の体験・価値観の幅も広げたいなと。その子が将来社会に出た時に役に立つのは、学校の勉強ばかりじゃないと思いますから。

白水:親の価値観を変えることは難しいことですが、親には心に余裕を持って子どもの才能の発掘を手伝ってもらいたいものですね。「TED」でケン・ロビンソンがスピーチで、「シェイクスピアだって7歳の少年だった頃がある」と話していましたが、まさにそうで、誰にだって子どもの時期はあるんですよね。そのくらいのおおらかな感覚で大人同士が視野を広げられる場があるといいですね。すると自分の子どもの学習や才能発掘の手伝い方も自ずと見つかるのかなと思っています。


子供の学習の動機付けと、才能発達を助ける3つのポイント

加藤:子どもの学習や才能発掘を親が手伝う、という話なのですが、手伝うときに必要なポイントはあるでしょうか。

白水:親が支援的行為をするうえで大事なのは、動機付けを親が外から支えてあげることですね。私はいつも、そのテーマについて考えてもらうときには3つの話を題材にします。考えてもらうときのやり方は、ジグソーメソッドを使います。これは、ひとつのテーマを学ぶときに先生から一方通行で教わるのでなく、そのテーマを考えるための2、3の材料を分担してそれを持ち寄って生徒グループでああじゃないか、こうじゃないかと話しながらテーマに対する答えを出していく手法です。集団で意見や自分なりの説明を言い合う場があることで、子どもは考え方や学び方そのものを学べるやり方です。

加藤:場を作ってあげることで、考え方や学び方自体を学ぶ動機を支えることができる、ということですね。

白水:そうです。昨年5月に亡くなった三宅なほみ先生はこれを知識構成型ジグソー法と名付けて、開発・全国展開していました。それを使って動機づけについても、動機付けられながら学ぼうということです。さて、それで扱うひとつ目が感覚遮断の実験に関する話です。苦しみから逃れたいだけが人間の幸福なのかというのを証明するために、1日寝ているだけで2万円もらえるバイトをさせたっていう話があるのです。ちょっと大がかりなのですが、目も覆って、音も聞こえないようにして本当に無感覚にしてしまいます。そしたら、どの人も2~3日ももたずに出してくださいって根をあげてきたというのです。つまり、人間は好奇心で生きていて、何もやらなくていいという状態が実は苦痛なのだということです。

加藤:文字どおり寝ているだけでおカネがもらえるのにやめたくなる、ということですね。確かに、ずっと何もしないだけならまだよさそうに思えますが、ここまで究極に何もしない環境を整えると、それがいかに辛いかというのがわかるのですね。

白水:そういうことです。2つ目は、自分で試して試行錯誤しながら学ぶ力を子供は持っているという話です。電磁石を幼稚園児に渡して、これで遊んでみてと頼むと、いろいろ試行錯誤しながら、それぞれの子供なりに電磁石の仕組みについて学ぶ。こういうのは一見好奇心が旺盛な子供だけの才能のように見えるかもしれません。しかし、ポテンシャルとしては、私達全員、万人に、備わっているものです。だからこそ、親が動機付けをして引き出してあげてほしいということです。

加藤:学ぶ力が乏しいように見える子でも、本来は全員に備わっているはずのもの、ということでしょうか。

白水:そうです。全員です。学ぶ力が見えないとすれば、それは、学びを阻害する外的要因があるからです。いくつかありますが、どんな落とし穴に気を付けないといけないかというと、典型的なのは外発的な報酬の与え方の間違いです。ここに注意しないと、逆に内発的な興味や関心が落ちてしまいます。これが3つ目の話です。子供は絵が好きな子が多いですが、幼稚園に押しかけて、「絵を描いたらご褒美をあげる」と首から掛ける紙のメダルをあげたんですね。すると、園児は粗製乱造に走って、一気に描く量が増えたのですが、その実験者が引き上げると、前より描かなくなったのです。僕たちが絵を描いていたのは、メダルのためだったのか、って。

これは結構、現実でもある話かもしれません。子供が学校のテストで100点を取ったとしますよね。100点のテストを親に見せようとするじゃないですか。その時に親はどうするかというと「100点取って偉かったね」とか「じゃあご褒美はこうしようね」って褒めていたりするのです。「もっと勉強して次も100点取ろうね」なんて激励することもあるでしょう。

逆にもし点数が悪かったら、怒る人もいますよね。下手な評価をしてしまうと、子供はもしかして勉強が好きでやっていたかもしれないのに、「点数しか見ないんだな」と子供たちの学ぶこと自体へのモチベーションが下がってしまうことに繋がります。

子供はもしかして算数を楽しくやっていたかもしれないのに、中身の話をしないで外発的報酬で扱うと、その気持ちは損なわれてしまう。

加藤:褒め方ひとつでも、親の言い方の焦点がずれるだけで、子供のモチベーションが簡単にさがってしまう、ということですね。だとすると、それはとても勿体無いことをしていますよね。

白水:そうなんです。感覚遮断の実験で見るように人がもともと興味を外界に持つこと、そして電磁石の実験に見るようにその興味がうまい対象に水路づけられると勝手にいろいろ試しながら学ぶ力が全員にあること、それがピントのずれた褒められ方をすると急にやる気をなくすこと。3つの話から言いたいことは、人はうまく学習環境が整えられたときに、その潜在的な学ぶ力を発揮して存分に学ぶということです。親はこの点を踏まえて子供に接するといいと考えています。


子供をどう褒めたらいいのか

加藤:親からの褒め方についてもう少し教えて下さい。100点答案を見せられたら、「100点取って偉かったね」と言ってしまう親が大半だと思うんです。それが内発的な学ぶ動機づけを奪ってしまうというのはもったいないですよね。褒めるにはどうすればいいのでしょう。

白水:やはり子供が褒めてほしいところを褒める、シンプルですが、それに尽きます。勉強を例にとって説明すると、子供が中身を理解していたら難易度やそれをクリアしたことの成長に着目して褒めてあげる。発展問題を出しながら、“あなたはどう考えたの?”と子供とコミュニケーションを行いながら、面白いアイデアや効率的な解法などより高次元なところにフォーカスを当てるのもいいでしょう。100点という結果だけに注目するのではなくて、取り組んでいる中身や、子供の取り組み方そのものに気を配ってあげることです。

加藤:集中がずっと続くようになったねとか、この問題、何度も間違って時間もかけたけど諦めず解いたねとか、子供の取り組み方に着目するのもいいかもしれませんね。

白水:そうです。中身ですね。あとは、親もヒントを出して一緒に考えたいというのはあるのですが、あまりヒントを出しすぎたり、答えを出したりするのはよくないという研究もあります。極端なほめすぎよくないというのも言われています。誰もが経験のあることだと思うのですが、普通にできることを大袈裟に褒められても嬉しくないってことありますよね。あれと一緒で子供もできて当たり前になってしまっていることについて褒められると、それこそ褒めて欲しいところをわかっていないなと感じるわけです。


親がコンテンツに強くなれ

加藤:褒め方以外にも、子どものモチベーションを下げないために親ができる工夫はあるでしょうか。

白水:表面に見える褒め方よりも本質的なところで、親がコンテンツに強いかどうかは重要ですね。「コンテンツ」を「勉強」と置き換えて考えるとわかりやすいのですが、親がコンテンツに強くないと、子どもの褒めて欲しいところを的確に捉えたフィードバックはできないはずなんです。

加藤さんのようなお仕事をされている場合は、親の好きなトピックや、よく知っていることを聞いてみてもいいかもしれません。親の専門分野というか、すでに好きで強いコンテンツを探してみるのです。そのコンテンツのことから子供にフィードバックする練習をしてもらうように説明すれば、“こういうフィードバックができるのがいいんだ”と親もわかると思います。

加藤:褒め方でなく、その内容の質も大事で、そのために親がコンテンツに強い必要があると。でもそうすると、親が子どもと話すにはその分野の知識や要点を、子供以上に持っている必要がある、となるのでしょうか。

白水:必ずしもその必要はありません。たとえば算数だったら、中学・高校になったらどんどんレベルアップしていきますよね。で、本当に才能を発揮する子はそれこそ算数オリンピックレベルの領域に入っていく。これは極端なケースですが、子供自身が好きなトピックでは親のレベルを超えるほど詳しくなったり、難しいことができるようになったりするのは教育の醍醐味ですよね。

親が自分の得意なコンテンツだから、質の高いフィードバックをしてあげられなくても、今度はそういうフィードバックを受けられる環境を整えてあげるといいんですよね。専門外のトピックであっても、この話だったら大学生のお兄ちゃんと話してもらうのがいいなとか、ほかの大人と話す場を作ってあげたらいいんだとか、いかようにでも方法は存在していて、そういう「子供の周りに自分の代わりができるほかの大人とか先輩を置くように環境を整える」ということの必要性に気づけばいいんです。親自身の世界も広がります。

子どものモチベーションや、知的発達を支えるにあたって、この2つがとても大事な点です。

加藤:なるほど。親自身が詳しいトピックで質的にしっかりしたフィードバックをする、専門外のトピックでも、詳しい人と話す機会を提供してあげる、と。

白水:RISUのお客さんのコミュニティがあるなら、こういう風に子どもの興味対象はあっちこっちに行きながら育っていくのだということを、親に話してあげると面白いかもしれませんね。


褒められないサブカルチャーに子供がハマる

加藤:興味対象があっちこっちにいきながら育っていくという話ですが、RISUでそれを調べたことがありました。自分の好きな領域で活躍していて、社会的にも成功している人を集めて子供時代にどういう本にハマっていたかって話してもらったのです。そうしたら、漫画の『ドラゴンボール』は出るは、雑誌の『Newton』は出るは、『JR時刻表』は出るは、いわゆる児童書とかおすすめ本みたいなのが全然出てこないんですよ。マンガはほかにも『寄生獣』や『三国志』、『ジョジョの奇妙な冒険』や『あさきゆめみし』など、熱中した本としてマンガがよくあがりました。

白水:それは面白いですね。さっきお話した感覚遮断の話からわかるように、何かを知覚して学びたいという内発的な動機づけが人間にはあって、そのモチベーションはどこかに向かいたくなるワケです。それで、もし子供が理科の実験が面白くてその学期末のテストで100点を持って帰ってきたときに、親が点数を褒めるとどうなるか? あ、実験じゃなくて点数が大事なのか、となりますよね。一回では崩れないかもしれませんけど、それを繰り返してだんだんやる気をなくしていく。でも子供が根源的に持つモチベーションは残っている。それがもしマンガやサブカルチャーに向かうと、サブカルチャーは親から褒められたりしないので、本人の内発的な動機付けは外発的報酬で損なわれたりしない。つまりは知りたいとかやりたいというモチベーションが、親の余計なー言で損なわれるような問題が起こらないのです。

加藤:サブカルチャーは親から褒められないカテゴリーだから、モチベーションが下がるような介入からフリーだと。なんだか親の思惑とは随分逆に動きますね(笑)。

白水:そのとおりです。親が介入しないとなると、子供は自発的にそれこそ積極的に同じ分野に興味を持つ人を探します。学校や塾のコミュニティとか、今だったらネットもあるし、簡単にそういう人は探せますから。そうして見つけた人たちは、「ここがいいね」とか「これ知ってる?」とか「この次、こういうのを見てみたら」といってモチベーションが上がる話をしてくれるワケです。誰もお小遣いもくれませんが、親にされるような方向違いの褒め方なんかもされません。だから、自分が本当に好きでやっていることの「質」に対して評価してもらえるので、興味のある分野にどんどんのめりこんでいくわけです。

加藤:褒めてもらいたいところが子どもにはあって、そこを気持ちよく突いてくれるということですね。サブカルチャー以外でも、親がそういうことをできればいちばんよさそうなものですが。

白水:まさにそのとおりなのです。褒めてもらいたいところも理解してもらえないことに不満を抱えている子どもは、モチベーションも上がらないし、必然的にテストの成績が下がっちゃうじゃないですか。そんな状態で親から怒られたりすると、「テストなんて私が好きでやっているわけではない」とヘソを曲げてマイナスのループが回りだすのも無理からぬことでしょう。そういう原因もあってサブカルチャー全盛の日本の現状があるのかなと思います。

加藤:サブカルチャーの話題での子供への接し方を、それ以外の話題でも模倣するといいのかもしれませんね。


「ロングテール学習」が始まっている

白水:そうですね。たとえば、シンガポールの一部の学校は「ロングテール学習」というのを本気で始めています。「ロングテール現象」は経営学的な用語ですが、既存の店舗販売だと、店の売り上げの8割を2割のヒット商品が稼ぎ出すのに対して、ネットだとニッチな商品の合計販売額がヒット商品のそれを上回るという現象のことです。

加藤:Amazonの品ぞろえも、そのロングテールで稼ぐことがはっきり見えますね。

白水:だから、教育の世界でも国数社理英の5教科の“ヒット”商品以外にも一人ひとりの子供が興味を持つジャンルがあるはずで、その家庭科の調理実習やギャンブル、考古学、恐竜の興味を学びに使う。けれどそれを全部おさえられる先生はいないので保護者と地域の大人に「得意なこと」を登録してもらって教室に来てもらって、得意がマッチした大人と子供でグループになって学ぶ。お勧めのサイトを紹介したりですね。先生はその様子を背後から見ながら、あ、この子、好きな内容ならこんな風に読めるんだと評価する、という実践です。

知は単一の軸ではなく、多様性のあるものです。社会には色んな領域、色んなやり方で才能を発揮している人が居ますよね。これからの教育制度も、親からの接し方も、たくさんの大人がたくさんの子供と関わりあって、そういった多様性を引き出すものでありたいですね。
その先に、子育てでいちばん大事な「子供も一個の人格を持った存在なんだ」「子供は私と違うんだ」という気づきが生まれてくるのではないでしょうか。


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Posted by only1school  at 14:22 │Comments(0)コラム

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